次世代型高次機能性ナノ金属錯体の新奇科学


 ナノサイエンスが対象とするサイズ(1nm~100nm)は原子・分子のサイズとバルク材料のサイズの中間に位置し、その特異なサイズ故に原子・分子やバルクの世界では見られないような新奇な「非線形性」や「量子効果」が観測される。研究対象とする無機・有機ハイブリッド物質はこれまであまりナノサイエンスの研究対象とはなっていなかったが、電子状態だけではなく構造や機能性も自由に制御できることからナノサイエンスにとって非常に有望なターゲットである。これを用いて、磁性、伝導性、光物性、誘電性などの機能が複数絡み合った高次機能性に焦点を当て、そこから発現が期待される「新奇非線形性や量子効果」に基づき、近未来に実現が期待される「量子コンピューター」、「光コンピューター」、「大容量高速光通信」、「高密度磁気メモリー」、「単分子メモリー」などの基礎となる「次世代型」高次機能性ナノハイブリッド物質の創出をすることが当研究室の最終目的である。

 対象とするナノハイブリッド化合物は大きくわけて、強相関電子系ナノワイヤー金属錯体と分子性量子磁石の2種類である。強相関電子系化合物は電子相関に基づくスピン・電荷・格子のカップリングによる様々な物性や機能性を発現する。本研究では具体的には強相関電子系ナノワイヤー金属錯体錯体の大きな三次非線形性(Nature, 405, 929(2000))を利用して、

1) 光で光の位相や振幅を制御する光変調器の創出

2) 光で光の経路を切り替える光スイッチ

3) 光で光の透過率を切り変えるオンーオフスイッチ

4) 光だけで論理演算を行う光コンピューターの基礎研究

5) 光誘起相転移の創成(電荷密度波状態(CDW)⇔モット絶縁体⇔金属⇔超伝導)

6) 非線形伝導を利用した新奇サイリスタ現象の創成

7) 強相関電子系と電子・格子系錯体を用いたナノ・ヘテロ界面におけるテラヘルツ発信や二次非線形光学効果の創成

8) ナノ・ヘテロ接合による超構造を用いた光学素子や電気素子の開発と両極性(Ambipolar)電解トランジスター(FET)による発光FETデバイスの創成

などである。

また分子性量子磁石を用いて、
1)三核格子スピン系連結により量子コンピューターの基礎となる論理ゲートの作成

2) 光誘起量子磁石⇔古典磁石スイッチングによる光磁気メモリーシステムの創出

3) 高伝導分子性量子磁石による量子巨大磁気抵抗(GMR)と量子スピントロニクスの創出

4) 量子電界効果トランジスター(量子FET)の創成

5)単分子メモリーの創出

6)近藤効果の直接観測

などを行っている。
 
まず、強相関電子系錯体の非線形現象を用いたプロジェクトについて説明する。
1) 強相関電子系金属錯体を利用したナノ界面の創成
 我々が研究対象とする化合物はハロゲン架橋ナノワイヤー金属錯体である。金属イオンがNiの場合は強相関電子系であるがPdの場合は電子・格子系である。これらは架橋ハロゲンや面内配位子やカウンターイオンを変えることにより、電子状態(バンドギャップ)を意のままに自由に幅広く変えることができる(0.5 eV~4 eV)など、従来の半導体にはできない特徴を持っている。申請者はこれまでにこの種の化合物を300種以上合成している。さらにNi錯体において世界最高の三次非線形光学効果(Nature, 450, 923(2000))を持つことを見いだしている。これらの化合物群は電気化学的に結晶成長させることが可能であるために、結晶成長速度およびサイズを自在に制御することが可能である。これらの錯体の結晶成長を精密に制御することにより、p-n接合、量子井戸構造、さらにはトンネル接合など、従来のボトムアップ法では不得手とされてきた結晶中におけるナノ界面の制御が可能になる(右図)。既に強相関電子系のNi錯体と電子・格子系のPd錯体のナノレベルでのヘテロ接合に成功している。

2)ナノ・ヘテロ界面における新奇光誘起非線形現象の探索
 電子相関と電子・格子相互作用が協奏、競合する強相関電子系錯体では、ソリトンやポーラロンなどの非線形励起や、さらには高次の非線形現象としての光誘起絶縁体—金属転移、磁気転移などによる光学応答が期待される。本研究ではヘテロ界面を有する系にこのような非線形励起を生成することによって、バルクでは観測されない新しい巨大応答を創出することをめざす。
 原子、分子レベルで制御されたナノ・ヘテロ界面には、電子相関と対称性の破れの結合によって、新たな界面電子相ができると予想される。この「電荷・スピン・格子+ナノ・ヘテロ界面」の結合による電子相の片側あるいは両側に、非線形励起を生成した場合、これが界面と衝突、相互作用する際には、バルクとは異なった電子相関と電子・格子相互作用の協奏、競合関係を感じるはずである。その時、界面で生じる(あるいは解消する)フラストレーションは様々な巨大光—電子応答を誘発するはずである。例えば、電子相関による電荷局在と界面での対称性の破れは、大きな二次非線形分極(テラヘルツ電磁波発生、第二高調波発生)の発生を期待させる。また、異なる絶縁相(モット絶縁体−パイエルス絶縁体)の界面では、電子的な不安定性と構造不安定性が協力しあって、高効率な光誘起—金属転移が起きることが期待される。本研究では、ナノ・ヘテロ界面における新たな光誘起非平衡電荷・スピン・格子ダイナミクスの科学とそれに基づく光機能性を、広領域(可視〜テラへルツ)のフェムト秒ポンププローブ分光やコヒーレント制御など先端的な分光法により開拓する。

3)強相関電子系ナノ・ヘテロ界面を利用した新奇ナノデバイスの創出
 強相関電子系−電子格子系ナノ・ヘテロ界面を利用した電界トランジスター(FET)デバイスを作成し、n型とp型の接合による整流作用や、電子と正孔の衝突による発光デバイスの創出をめざす。さらに本研究では強相関電子系金属錯体のナノ界面を用いて、電界効果によるキャリア量の制御により新奇伝導相の構築も目指す。特にベースとなる金属錯体がモット絶縁体である場合はキャリアをドープすると同時に電子相関も変調するので、より劇的なスイッチングや波長可変の発光トランジスターの設計が可能となる。ホール効果測定によるキャリア量の測定などを行い、強相関電子系−電子格子系のデバイス化という未開拓の分野を切り開く。

4)逆パイエルス相転移を起すPd錯体の光誘起スイッチング創成
 ナノワイヤーPd錯体は電子・格子相互作用のためにPd(II)-Pd(IV)混合原子価状態(パイエルス絶縁体)を取るが、我々はカウンターイオンに長鎖アルカンスルフォン酸イオンを用いることにより200KでPd(III)モット絶縁体状態に逆パイエルス相転移することを世界で初めて見いだした。これは長鎖アルカンスルフォン酸イオン間の化学的なプレッシャーによるものである。相転移点ではヒステリシスを持つために、光励起によりモット絶縁体⇔パイエルス絶縁体間相転移の可能性があり、不揮発性メモリーとしての創出が期待される。一方、低温相のPd(III)モット絶縁体相の電荷移動吸収帯のピークで光励起するとPd(II)-Pd(IV)CDW相(パイエルス絶縁体相)への相転移が、一方、電荷移動吸収帯の高エネルギー側で光励起すると金属状態への相転移が観測されている。これらは超高速光スイッチなどへの展開が期待される。このようにいろいろな電子状態をとるPd錯体を様々な波長の光で励起することによる様々な状態間の超高速スイッチが可能であり、これを用いてこれまでにない新奇な非線形スイッチング現象の創出を目指す。

5)強相関電子系Ni(III)錯体のサイリスタ現象のメカニズム解明
 強相関電子系Ni(III)モット絶縁体は高抵抗であるが、これに高い電圧を加えると非線形伝導を示し低抵抗状態に変化(負性抵抗)する。これにコンデンサーを繋いだ回路を用いると、きれいな高抵抗⇔低抵抗の振動現象が観測される(サイリスタ現象)。現時点では低抵抗状態がどのような電子状態を取っているかは不明であるが、サイリスタ現象を利用したデバイス化の可能性がある。本研究ではサイリスタ現象のメカニズムの解明とそれを利用したデバイス化を目指す。

6)巨大な三次非線形光を用いたデバイスモデルの基礎理学構築
 巨大な三次非線形光学効果を示す物質に透明領域の光を照射すると通過する(on)が、これにポンプ光とプローブ光を同時に照射することにより二光子吸収によりoff状態となる。一方、電荷移動吸収帯のピークの光を照射するとoffであるが、ポンプ光とプローブ光を照射することにより吸収飽和によりon状態となる。このようなon-offスイッチングを探求する。また、非線形光学材料を干渉板で挟むことにより光双安定状態からなるヒステリシスを持たせることにより光メモリー機能を持たせる。さらに、屈折率の違いを利用し、光の位相を変える光スイッチングの開発などを目指す。

 次に、分子性量子磁石を用いた量子効果のプロジェクトについて説明する。
 従来、磁石とは電子スピンが相互作用によって三次元的に秩序化することにより自発磁化をもつ物質のことを指す言葉であったが、近年、これまでの磁石の定義を覆し、単一の分子、あるいは単一の鎖が単独で磁石としての性質を持つ物質(単分子磁石や単一次元鎖磁石)が注目を集めている。これらの磁石は、分子単独の性質である量子効果やサイズ効果など、従来の磁石とは異なる性質を示すことから、従来の古典磁石と対比して量子磁石と呼ばれており、近年注目を集めている。本研究課題では、この量子磁石をスピントロニクスなどに応用し、多重機能性を創出し、まったく新しいサイエンスを展開する。以下に具体的な研究内容を述べる。

1)量子巨大磁気抵抗(GMR)および量子スピントロニクスの創出
 我々は世界で初めて伝導性単分子量子磁石の合成に成功した(Inorg. Chem., 46, 9661(2007))。まだ、半導体であるために単分子量子磁石と伝導電子との相互作用は非常に弱い。そこで金属状態や超電導体を取りやすい伝導性アクセプター分子[M(dmit)]を用いる。これまでのGMRにおいて磁性サイトは遷移金属イオンであったためにスピン量子数は最大でS = 5/2である。しかしながら磁性サイトに単分子量子磁石を用いた場合、S=10, 20, 30などの巨大な人工合成スピンを作成することが可能となる。このような巨大量子スピンと伝導電子との相互作用によるこれまでにない全く新しい量子巨大磁気抵抗や量子スピントロニクスが期待される。
 また、伝導電子と単分子量子磁石との相互作用により、単分子量子磁石間のコヒーレントが大きくなる結果、スピンフリップが困難になるために、ブロッキング温度(単分子量子磁石として振る舞う温度)が飛躍的に上昇することも期待される。

2)光誘起相転移錯体やフォトクロミック分子を用いた単分子量子磁石⇔単一次元鎖量子磁石⇔古典磁石(バルク磁石)間スイッチングの創出
 Mn2核サレン錯体は単分子量子磁石的挙動を示すが、これを高スピンNi(II)錯体で連結することにより単一次元鎖量子磁石とすることができる。この連結錯体をFe(II)ビピリジン錯体で連結すると、低スピンではS=0のために単分子量子磁石として働くが、光を照射することにより高スピンにするとS=2となり、単一次元鎖量子磁石となる可能性がある。このように光誘起による単分子量子磁石⇔単一次元鎖量子磁石スイッチング機能を発現させる。また、単分子量子磁石をフォトクロミック分子で連結した2量体において、開環状態ではπ共役がないため相互作用がなくて単分子量子磁石のままであるが、光照射により閉環状態ではπ共役を通した反強磁性的相互作用による古典磁石(バルク磁石)へとスイッチングすることが期待される。このように光誘起相転移やフォトクロミックを用いた単分子量子磁石、単一次元鎖量子磁石⇔古典磁石間スイッチングを目指す。

 

3)単分子メモリーの創成
 単分子量子磁石は究極の単分子磁気メモリーとして働く可能性を持っている。従来のフロッピーデイスクが109 bitsであるのに対して、単分子量子磁石1分子が1個のメモリーとして働くならば1モルで1023bitsのメモリーとなり1兆倍以上のメモリー容量となる。問題は1個の分子に対してどのように情報をインプットーアウトプットするかによる。我々はフタロシアニン希土類単核単分子磁石をターゲットとし、スピン偏極STMを用いて研究を進める。この化合物の特徴は、

1) ブロッキング温度(量子磁石になる温度)が30K以上と比較的高い

2) 平面分子でありかつ真空蒸着が容易である

3) 磁気軸が基盤に対して垂直なためにSTMチップによりアクセスが容易である

などである。本申請者らはこれまでに、フタロシアニンを用いた単分子磁石を基板上に真空蒸着し、STMによる分子観察に既に成功している(右図)。本研究課題において、スピン偏極STMにより1分子にアクセスし、スピン状態(アップスピンorダウンスピン)の直接観測(読み出し)を行い、さらには、STM探針による情報書き込みを行う技術を開発し、単分子メモリーの可能性を追求する。もし、スピン偏極STMによるスピン情報の直接観測に成功すれば、応用上極めて画期的である単分子スピン情報へのアクセスが実現されるだけでなく、磁化緩和現象をリアルタイム、且つ、リアルスペースで観測することが可能であり、非平衡状態からの緩和という、これまで熱力学的に、すなわちマクロスコピックにのみ理解されていた現象を、ミクロスコピックに理解することが可能になることから、基礎科学的にも極めて重要であると考えられる。
4)量子コンピューターの基礎となる論理ゲートの構築

 量子コンピューターに必要な「量子論理ゲート」の構築を目指す。量子論理ゲートとして不可欠な要素が状態のON/OFFあるいは0/1操作である。二等辺三角形の三角格子錯体を連結することにより一次元系の開発を行い、その後、外場としてパルス磁場を用いた磁場勾配によりゲートのON/OFF操作の可能性を探る。

 

 

 

 


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